【おっさんが通勤電車で読む小説】時代の寵児西村寿行の傑作を紹介!【五選】

ハードロマンやバイオレンス小説と呼ばれる衰退したジャンルだが、寿行の傑作群のようにゴミやゲテモノに混じって次世代の精読に耐えうる作品が忘却されている。最近では健さんの訃報に際し、『君よ憤怒の河を渡れ』が復刊されたり、同作のジョン・ウーによるリメイクが発表されたりと微風ながら追い風が吹いている。今回は多数の傑作を内包する西村樹海で遭難してみよう。

ラドラム『The Bourne Identity(邦題:暗殺者)』の訳者解説において、本にプロフィルを書き込む癖のある医師が『暗殺者』をラスト付近まで読み、未読ページを破り取って残りを飛行機内に置き捨てたところ、見知らぬ他人から結末を教えてくれ!という電話を受けたというエピソードが小説の面白さを示すエピソードとして挙げられているが、皮肉にもこれが冒険活劇に対する読者のスタンスを端的に表している。この記事の読者だけでもスルメの味わい方を知らない連中に天誅を下すつもりでセピア色の名作たちに触れてほしい。

 

『君よ憤怒の河を渡れ』

君よ憤怒の河を渉れ (徳間文庫)

君よ憤怒の河を渉れ (徳間文庫)

 

寿行の代表作。姦計に嵌り、追われる立場となった検事杜丘の決死の逃避行と真実を求めての苦闘を描く。杜丘の逮捕に執念を燃やす刑事矢村との息詰まるマンチェイスが物語の縦糸に、製薬会社の陰謀という作者得意の社会派ミステリが横糸となり、読者を飽きさせない。警察の非常線をぶち抜く脱出の奇想や追われる立場となって初めて権力の犬であったことに気づく杜丘の苦悩、一匹の猟犬と化してどこまでも杜丘を追う矢村の執念、逃亡先でのロマンスが見どころと言えるだろう。映画版では刑事矢村を演じた原田芳雄の好演がキラリと光る。

 

『無頼船』

無頼船 (1981年)

無頼船 (1981年)

 

オンボロ貨物船"孤北丸"と乗員たちの活躍を描いた海洋冒険活劇の第一作。陸の世界からつまはじきにされたアウトロウたちが報奨金目当てに保険金詐欺を企む船を追う。懐の深いキャプテン、忠実な機関長、破戒僧、食い詰めたヤクザ、逃亡中の犯罪者、童貞青年、逃げてきた金髪美女、親に捨てられた少年と犬、浮浪者となった元検事、人生の悲惨を一隻の中に詰め込んでおきながら、寿行の筆は憎めない阿呆どもの七転八倒を生き生きと描写する。『無頼船』が煽情的な表現があるにしても寿行の作品群の中でもっとも明るく清廉な光を放つ理由はキャプテン包木の妥協できない不器用な優しさに魅了された者たちの物語であるからだろう。元検事斯波の「信念を枉げずに生きられるものなら、わたしも、そうしたい」という言葉が読者の心に共感を呼ぶ。

 

『昏き日輪』

昏き日輪 (光文社文庫)

昏き日輪 (光文社文庫)

 

趣深い滑稽小説も一つ。ヤクザの宮田、刑事の白川、医師の剣持たち三バカが東南アジアを舞台にひと暴れ、ポロリも呪術もゲリラもあるよ。マザコンで好色で知性に乏しい宮田は寿行の書く愛すべき阿呆の完成形である。三人の関係性は落語のご隠居と与太郎に近く、珍道中は見ているだけで心が和む。土人に輪姦される関西のおばちゃんたちの「年寄りの膣粘膜は薄いんだよ」という能天気なぼやきがこの小説を象徴している。

 

『犬笛』

犬笛 (1981年) (徳間文庫)

犬笛 (1981年) (徳間文庫)

 

娘の良子を誘拐された秋津は5万ヘルツの高音を聞き分けられる娘の能力と彼女が身に着けた犬笛の音を頼りに愛犬テツを伴って日本を縦断する探索行へと旅立った。いつものように企業の陰謀やらが絡んでくるサスペンスだが、やはり犬笛というワンアイデアが光るミステリでもある。動物好きの寿行の面目躍如で、忠実なる愛犬と主人の友情を書かせたら彼の右に出るものはいない。

 

『蒼茫の大地、滅ぶ』

蒼茫の大地、滅ぶ (東北の声叢書)

蒼茫の大地、滅ぶ (東北の声叢書)

 

寿行の最高傑作。物語の奥行と奇抜なアイデア、作者が世界を見渡す透徹した視点においてこの作品に並ぶのは『日本沈没』(小松左京)くらいであろう。大陸より飛来したバッタが東北の農業をまたたくまに壊滅させ、国家の存続を優先した中央政府は東北六県の救済を放棄する。切り捨てられた東北は青森県知事野上の下に結束し"奥州国"として独立を宣言する。捨て石として扱われ続けてきた東北の悲劇、理想のため絶望的な戦いに身を投じる男女のロマン、何よりも目を惹くのは自然に対する作者のニヒリズムである。自然を理解することは出来るが、決して支配することは出来ない。仙台の小出版社より2013年に復刻された。

 

────────────────────

上記はしばらく前に書いて色々(というほどでもないけど)あって死蔵していた没。制限がある中で作品の魅力を紹介するというのは難しい。

禁止用語的なの使ってるけど、駄目って言われたら直せばいいやと思ったので。

そもそもそれで怒るヤツは西村寿行読まんでいいよ。

あと、時間が経って『君よ憤怒の河を渡れ』は『追捕‐マンハント‐』というタイトルで映画が公開されました。ジョン・ウーイカれたアクションが楽しめる愉快なバディアクションに仕上がってます。原作、映画、リメイク版映画、どれも三種三様の良さがあるのでオススメです。

寿行は作品数が多いので紹介からあぶれた良作もたくさんあるんだけど、とりあえずこの五選で気に入ったのから読んでみるのをオススメします。どれかで躓いてもとにかく五作読んでみて欲しいですね。一つは引っかかると思います。

一律に『蒼茫の大地、滅ぶ』を読めって言うのもいいんだけど、一番美味しいところを最初に食べちゃうと残りがつまらなく感じてしまう危険がある。でもオールタイムベスト級です。