【おっさんが通勤電車で読む小説】時代の寵児西村寿行の傑作を紹介!【五選】

ハードロマンやバイオレンス小説と呼ばれる衰退したジャンルだが、寿行の傑作群のようにゴミやゲテモノに混じって次世代の精読に耐えうる作品が忘却されている。最近では健さんの訃報に際し、『君よ憤怒の河を渡れ』が復刊されたり、同作のジョン・ウーによるリメイクが発表されたりと微風ながら追い風が吹いている。今回は多数の傑作を内包する西村樹海で遭難してみよう。

ラドラム『The Bourne Identity(邦題:暗殺者)』の訳者解説において、本にプロフィルを書き込む癖のある医師が『暗殺者』をラスト付近まで読み、未読ページを破り取って残りを飛行機内に置き捨てたところ、見知らぬ他人から結末を教えてくれ!という電話を受けたというエピソードが小説の面白さを示すエピソードとして挙げられているが、皮肉にもこれが冒険活劇に対する読者のスタンスを端的に表している。この記事の読者だけでもスルメの味わい方を知らない連中に天誅を下すつもりでセピア色の名作たちに触れてほしい。

 

『君よ憤怒の河を渡れ』

君よ憤怒の河を渉れ (徳間文庫)

君よ憤怒の河を渉れ (徳間文庫)

 

寿行の代表作。姦計に嵌り、追われる立場となった検事杜丘の決死の逃避行と真実を求めての苦闘を描く。杜丘の逮捕に執念を燃やす刑事矢村との息詰まるマンチェイスが物語の縦糸に、製薬会社の陰謀という作者得意の社会派ミステリが横糸となり、読者を飽きさせない。警察の非常線をぶち抜く脱出の奇想や追われる立場となって初めて権力の犬であったことに気づく杜丘の苦悩、一匹の猟犬と化してどこまでも杜丘を追う矢村の執念、逃亡先でのロマンスが見どころと言えるだろう。映画版では刑事矢村を演じた原田芳雄の好演がキラリと光る。

 

『無頼船』

無頼船 (1981年)

無頼船 (1981年)

 

オンボロ貨物船"孤北丸"と乗員たちの活躍を描いた海洋冒険活劇の第一作。陸の世界からつまはじきにされたアウトロウたちが報奨金目当てに保険金詐欺を企む船を追う。懐の深いキャプテン、忠実な機関長、破戒僧、食い詰めたヤクザ、逃亡中の犯罪者、童貞青年、逃げてきた金髪美女、親に捨てられた少年と犬、浮浪者となった元検事、人生の悲惨を一隻の中に詰め込んでおきながら、寿行の筆は憎めない阿呆どもの七転八倒を生き生きと描写する。『無頼船』が煽情的な表現があるにしても寿行の作品群の中でもっとも明るく清廉な光を放つ理由はキャプテン包木の妥協できない不器用な優しさに魅了された者たちの物語であるからだろう。元検事斯波の「信念を枉げずに生きられるものなら、わたしも、そうしたい」という言葉が読者の心に共感を呼ぶ。

 

『昏き日輪』

昏き日輪 (光文社文庫)

昏き日輪 (光文社文庫)

 

趣深い滑稽小説も一つ。ヤクザの宮田、刑事の白川、医師の剣持たち三バカが東南アジアを舞台にひと暴れ、ポロリも呪術もゲリラもあるよ。マザコンで好色で知性に乏しい宮田は寿行の書く愛すべき阿呆の完成形である。三人の関係性は落語のご隠居と与太郎に近く、珍道中は見ているだけで心が和む。土人に輪姦される関西のおばちゃんたちの「年寄りの膣粘膜は薄いんだよ」という能天気なぼやきがこの小説を象徴している。

 

『犬笛』

犬笛 (1981年) (徳間文庫)

犬笛 (1981年) (徳間文庫)

 

娘の良子を誘拐された秋津は5万ヘルツの高音を聞き分けられる娘の能力と彼女が身に着けた犬笛の音を頼りに愛犬テツを伴って日本を縦断する探索行へと旅立った。いつものように企業の陰謀やらが絡んでくるサスペンスだが、やはり犬笛というワンアイデアが光るミステリでもある。動物好きの寿行の面目躍如で、忠実なる愛犬と主人の友情を書かせたら彼の右に出るものはいない。

 

『蒼茫の大地、滅ぶ』

蒼茫の大地、滅ぶ (東北の声叢書)

蒼茫の大地、滅ぶ (東北の声叢書)

 

寿行の最高傑作。物語の奥行と奇抜なアイデア、作者が世界を見渡す透徹した視点においてこの作品に並ぶのは『日本沈没』(小松左京)くらいであろう。大陸より飛来したバッタが東北の農業をまたたくまに壊滅させ、国家の存続を優先した中央政府は東北六県の救済を放棄する。切り捨てられた東北は青森県知事野上の下に結束し"奥州国"として独立を宣言する。捨て石として扱われ続けてきた東北の悲劇、理想のため絶望的な戦いに身を投じる男女のロマン、何よりも目を惹くのは自然に対する作者のニヒリズムである。自然を理解することは出来るが、決して支配することは出来ない。仙台の小出版社より2013年に復刻された。

 

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上記はしばらく前に書いて色々(というほどでもないけど)あって死蔵していた没。制限がある中で作品の魅力を紹介するというのは難しい。

禁止用語的なの使ってるけど、駄目って言われたら直せばいいやと思ったので。

そもそもそれで怒るヤツは西村寿行読まんでいいよ。

あと、時間が経って『君よ憤怒の河を渡れ』は『追捕‐マンハント‐』というタイトルで映画が公開されました。ジョン・ウーイカれたアクションが楽しめる愉快なバディアクションに仕上がってます。原作、映画、リメイク版映画、どれも三種三様の良さがあるのでオススメです。

寿行は作品数が多いので紹介からあぶれた良作もたくさんあるんだけど、とりあえずこの五選で気に入ったのから読んでみるのをオススメします。どれかで躓いてもとにかく五作読んでみて欲しいですね。一つは引っかかると思います。

一律に『蒼茫の大地、滅ぶ』を読めって言うのもいいんだけど、一番美味しいところを最初に食べちゃうと残りがつまらなく感じてしまう危険がある。でもオールタイムベスト級です。

【ASD】主治医に見せようかと思って書いたメモ【双極性障害】

■長い前置き~The Long Preface~

今年の冬はそこそこ身体が動くので、サボってた通院を再開しようかと思い、ついでに自分を観察して考えたことをメモしてみた。

基本的には医者に渡す用なのであまり練られていない文章。特性なのか、個人の性格の問題なのかは専門家ではないのではっきりと断定は出来ません。

わりと友人知人向けに、取り扱いの参考になるかと思って公開します。あとは発達障害ってどんなのか分からんという人向けに。実例として参考にはなるかと。

それと客観的に考えるとやっぱりヘンテコなので、珍妙な生物を観察する面白さみたいなのはあると思います。

事前情報として、僕が専門家から正式に診断を出されているのは、ASD自閉症スペクトラム)と双極性障害

ASDは知的な遅れは基本的に無し。ただし凹凸はあります。言語能力はとても高い(と書いてあった)けど、知覚統合なんかが弱い(グループ作業、複数タスク処理、部分から全体を見渡せない)。平均すると普通のIQ。アスペルガー寄りだけど、ADHDっぽさも少しある感じ。

双極性障害(躁鬱)はラピッドサイクル。春夏辺りは元気で、秋冬になると死んでるパターンが多い。もっと細かく一月くらいの感覚でも躁と鬱を行き来してる気がするけど、よくわからない。

それぞれの障害の具体的な情報については専門書読むか、ググって下さい。所詮トーシロの雑記ということは念頭において読んでください。

 専門家の診断が出ていない、自己診断では「回避性パーソナリティ障害」とか「対人恐怖症」とか色々ありそう。

■自分観察/分析メモ(症状を中心に)

不眠症
 布団に入っても過思考のような状態がおさまらない。
 今日あったことや、今後の見通しなどについて、あるいは哲学的問題について、布団に入り、毛布をかぶっている状態でも延々と思考が連鎖していく。それらの思考は自分で止めることが出来ない。
 例えば文芸評論のテーマや分析、コラムのアイデアが思いつくと、つい布団から出てメモをしてしまう。
 気がつくと夜が明けていて、結局、正午付近にようやく眠れたりする。夜寝るために寝ないで起きている場合もあるが、寝ていないので頭痛と吐き気と倦怠感で仕事や学業に集中できない。

▼躁(多動)
 ちょっとしたきっかけで演説を始める。演説中は乖離して肩から自分をのぞき込んでいるような状態で、きーんと耳鳴りがして、ふわふわとして浮いているような身体感覚。
 こういう状態で議論になってしまうと、相手を完全に論破して面目を失わせるところまで行ってしまうこともあり、人間関係に支障が生ずる。あるいは八時間ほどしゃべり続けて、完全に声が枯れたことも。

 不眠時と同じく、過思考状態。これになると、歩かずにいられない、立ち止まっていられない。場所の広さによるが、例えばリビングだと1~2mほどの距離を厳格に定め、床の模様や継ぎ目を指標に、同じ歩幅、同じスピード、同じタイミングで往復しながら考え事をする。当然、この状態では自分の周囲に対する意識は消失している。長いと数時間そのまま。

▼過集中
 読書やゲーム、創作、仕事の記事執筆をしているときなどに起こる。ベッドの上で倒立しながら一日中読書していたりする。あとはトイレも好きで、本を持ち込んで一日中トイレにいることもある。普段は鼻呼吸だが、何故かこの状態の時は口が半開きになり、頻繁によだれを垂らしてしまう。

 趣味の分野では過集中はさほど問題はないが、仕事となると(例:記事の執筆)情報の裏取りなど些末な部分で(あるいは報酬に見合わないレベルで)調べものを始めてしまい。肝心の仕事が進まないことも。

▼こだわりの強さ
 服へのこだわり。ファッションへのこだわりはほぼ皆無だが、いつも来ている服以外を着るのが苦痛。肌ざわりの問題はかなりある。新しい服に慣れるのは大変。高校までは制服があったのでとても楽だった。ただし、その影響で制服っぽい服装になりがちである。例:Yシャツ、スラックス、ネクタイ、カーディガンなど。

 中学生から同じものをそのまま着続けているので、ジーンズなどは破けて元はそうではないのに七分丈になっているのを家族に言われてようやく履くのをやめて捨てた。ジャケットもやはり10年以上着ているが、ユザワヤで色々買って自分で裁縫して直しながら使い続けている。

 一応、下着類は毎日洗濯しているが、四季に合わせて変えるのが嫌なので一年中同じ4着くらいを着まわしている。
 温寒がにぶいので、真冬でもハーフパンツと半袖シャツのみで過ごす。当然体調を崩して頻繁に寝込むが、にぶいので自分では分からない。逆に夏場でも毛布を使っていたりする。

 狭いところ(既出のトイレもそう)が好きなので、寝袋が好き。ベッドや布団の上でも常に寝袋を使って寝ていた時期がある。逆立ちで本を読むのが好き(既出)というのも、圧迫感があるのが好きだからではないかと思われる。

 読み物がないとトイレに行けない。トイレで本を読む、というこだわりの因果が逆転して、いつの間にか読み物がないとトイレに入れなくなった。本棚から読みたい本を選定する作業がどうしても終わらなくて(何でも良い訳ではなく、その時の気分にあった本でなければならないため)、排泄に失敗することがあった(子供の頃)。
 現在はタブレットが複数の本代わりになるし、スマホでWEB記事を読むことも出来るので、以前ほど困らなくなった。昔は外出する時は読む本がなくならないよう20冊程度本を持ち歩いていた。その名残で今でも大容量の登山リュックを愛用。修学旅行では不安からプラケース3箱分を持って行ったのを覚えている(全部読んだが、遊園施設等の入場を一人だけ断り、入り口の花壇に座って読書したりしていて空気が読めなかった)。

 小学生の頃、横溝の金田一シリーズが好きで全部読んでおり、映画とドラマも好きだったので、古谷一行石坂浩二演ずる金田一耕助になりたくて、おかま帽をかぶり、フケを溜めるために一年間散髪と洗髪をやめていたことがあった。(これに関しては僕が感じる格好良さのポイントが人と違うことも原因だと母に言われた)

▼運動機能
 歩行が苦手。普通の人のように歩くことが出来ない。幼い頃から常につま先立ちで歩いており、バランスが悪い。つま先立ちなので階段からよく足を踏み外す、身体の成長で少なくなったが、小学生くらいまでは一日一回以上のペースで階段から転げ落ちていたので、痛みで泣いていても母は無視するようになった。今でも階段をドタドタ降りるのはうるさいし、危ないから止めなさいと言われるが、歩き方に起因するものなので無理。つま先歩きだとどうしてもステップを踏むような感じになってしまう。
 靴がすぐにすり減ってしまい、他は綺麗なのに親指のところだけ靴底にすぐ穴が開く。柔道をやっていたおかげで摺り足が身についているので、平地では出来るだけ摺り足で歩くようにしているが、やっぱり靴底がすごく擦り減る。

 自律神経が壊れてる。例えば、人間は鼻にある二つの穴のうちどちらか一つだけを使って主に呼吸しており、時間差でメインの鼻孔が入れ替わるようになっている(意識しては出来ない。自律神経の働きだから)。僕の場合、鼻孔の左右切り替え時に失敗して、頻繁に両方の鼻孔が塞がって呼吸出来なくなって困る。僕が鼻をふんすふんすと鳴らしていることが多いのはこれが原因です(陸で溺れているのです)。

▼緊張症
 極度の上がり症で、柔道の試合で勝ったことが少ない。明らかに実力差がある相手でも(乱取りでは10回投げてこちらは投げられないくらい)試合になると泥仕合になる。畳に上がる時点で、右足と右腕が同時に前に出てしまうような緊張ぶりで、仲間からはいつも「試合だと動きがロボットみたい」と言われていた。それなりに強かった自負はあるが、試合で結果は残せなかった。

 気がつくと一時間も二時間も歯を食いしばっている。そのせいで異常に顎の筋肉が発達している。しかし頭痛になるので困る。

 強く叱責されたり、理不尽な扱い(と僕が感じる)を受けると意識が遠のいて、乖離状態になる。度が酷いと不整脈を起こし、失神することもある。

 最近は減ったが、中学生の頃は頻繁に過呼吸になり、保健室でビニール袋ですーはーさせられていた。これは僕の他にも過呼吸の親友がおり、お互いに過呼吸が移りあうので、よく二人で保健室行きになっていた。原因は恐らくなんらかのストレス。

▼健忘
 ある特定の事柄については極端な記憶力を発揮するが、食べたばかりの食事の献立などは覚えていられない。曜日感覚を持たない。一万冊程度ある蔵書の場所は概ね暗記しているが、重要な書類や財布などはすぐに失くす。メモを取れと言われるが、メモを取るのを忘れるか、取ったメモを忘れるか失くす。子供の頃は腕に油性マジックで書いていた。

 かなりの努力を払っているが、時間にルーズ。約束の時間を守れることはほとんどない。これは昔からそう。その代わり、他人の遅刻には寛容。

※これらは下記の優先順位のことと関連があるかも知れない。

▼優先順位がつけられない
 物事に優先順位をつける機能が根本的に欠如している。論理的に何を優先すべきかは導き出せるのだが、それが分かっても実感として持てないので、他の些末なことを優先してしまったりする。
 無理に優先順位をつけようとするとコンフリクトが起こり、脳がエラーを吐いて、何も出来なくなってしまう。

▼共感能力、雰囲気を読む能力の欠如
 相手の気持ちが分からないのは本当に困る。
例:直前に身内に不幸があった(これは事前に承知していた)という友人と映画と食事に行ったとき、向こうは自分の悲しい気持ちを聞いて欲しかったのに、僕は観た映画の批評を延々続けた上、作品制作の際の誠実性について議論をふっかけてしまい、論難して泣かせてしまった(僕は論破されて泣いたのだと思い、ズルいと怒ったが、根本的に間違っていた)。
 シネフィル同士の会合では作品批評があらゆる事象に優先されるものだし、どんな時でも真剣に議論するということこそが誠実さを表すものだと思っていたが、和解ののちに、悩みを聞いて慰めて欲しかったのだということを知って驚いた。かなり前の出来事だが、申し訳ないことをしたと思い、未だに夜うなされることがある。
※記憶が若干曖昧なので事実と違う点があるかも

 曖昧なもの言いから何かを読み取るのが苦手。言葉を濁されると察することが出来ないので、「貴方の言う●●とは○○という意味で合っているか? あるいは××という解釈もありうるが」という形で質問攻めにしてしまう。正確には曖昧なもの言いから何かを読み取るのが苦手というよりも曖昧なために自分の知識と経験の範囲内であらゆる想定が行われてしまい、どれか一つに決めるのに決定力を欠くという状態だと思われる。論理的に考えて八割方この意味だろうという推理を持っていても、それだ!と直感する能力がないので、結局適宜質問して意味を固定するのが良かろうという判断になってしまう。

 僕「食事をしても良いか?」母「野菜炒めが冷蔵庫にあるよ」僕「食事をしても良いか」母「だから冷蔵庫に野菜炒めがあるよ」僕「食事をしても良いですか!?」という感じのやりとりがたくさんある(分かりやすい例として挙げた)。
 僕は実家にいる間は家族の食事に関しては母のテリトリーなので、それを尊重して食事の許可を求めているのだが、母は冷蔵庫にある野菜炒めの情報を渡してくる。僕は「なんで質問に答えてくれないんだ!」と怒るが、母曰く「冷蔵庫に野菜炒めがあるよ」は食事の許可も兼ねているのだという。冷静になって考えれば理屈は分かるのだけれど、実際の対応の時点ではそれが分からないので(何故か文字に起こして、例えば小説のシーンなどであれば理解できるのが謎)、困る。
 それに理屈は理解出来ても、野菜炒めなんてどうでもいいから(別に自分で料理してもいいし)、なんでストレートに質問に答えてくれないのかが分からない。
 この手のやり取りは無数にあり、日々の大きなストレス源になっている。

 基本的に相手が何を考えているのか感覚的には理解出来ないので、遭遇の可能性がある人の人格をエミュレートして脳内で延々と想定される会話を行うということを行っている。徘徊しながらぶつぶつ言っているときは大体このパターン。この作業はほとんど常に行われている。
 状況と相手を設定してのシミュレーションが主だが、これ以外にも歩くときに右足と左足どっちから出すか、どのタイルを踏むか、というようなことまで常に脳内のメモリを割いているので、普通の人のように実際に受け答えしたり、なんらかの作業をしたりということは可能ではあるのだが、ものすごく消耗する。というか、そのシミュレーション自体が失敗していることも多いので、現実の対応にも失敗して、どんどん自己肯定感が失われていく。知能検査の結果で(たぶん作文問題を見て)、防衛的な二面性、自己評価が低い、と書かれていた。

 周りを観察していると、16GBのメモリを積んだ人たちが3GBくらい使って普通に行動して、余剰の13GBを他のタスクに振り分けているのに対して、僕は10GBくらい使って普通っぽく行動して、残りの6GBで他のタスクをやりくりしなければならないことになっている、と感じる。

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 かなり長くなったが、全てを書き切れたわけではない。対策を練る上でも病識を持つのは良いことだと思うので、折に触れてまたメモは書こうと思う。

上記の文章だけを読んでいると、僕がとんでもなく面倒くさい奴だと思われそうだが、会ってみると意外と普通だったりすると思う。その原因は、この文章が自分の困った部分だけを抜き出したメモだから。がっつりバイアスが掛かっているのだから当然だ。

とはいえ、面倒くさい部分が多いことに変わりはない。

こんな面倒くさい人間を見捨てずに心配してくださる友人・知人の皆さんは本当にありがとうございます。僕がまだ生きてるのも皆さんのおかげです。

追伸

チャンドラークソジョークは思いついてついやっちまいました。後悔はしていない!

【ゲーム】コンシューマ機持ってないです(^q^)【プレイ中】

スマホゲー

・グリムノーツ

現在230の中堅ノーツ。プロノーツは目指していないのでダラダラとやってる。

最近はちゃんとシナリオ読んでないが、ちょっと気合入れて読む。

5chは常駐はしてないがちょくちょく見ている。

・天華百剣

衣装は結構頑張って回収してるけど、技や刀装はサボりがち。

周回数を要求されるのがちょっとつらい。

キャラは可愛い。

5chは某騒動以降どんどん居心地が悪くなって現在はROM専。

FGO

月組。遊んだオーストラリア人の華僑の子たちが「正月ガチャだ!」とか言ってたので釣られて始めてしまった。ガチャがキツイと聞いていたのでスルーしていたのだが……。

シナリオは20日くらいでクリアしてしまったので、

その後はモチベ高いイベントのみを完走しつつ素材集め。

ログイン基本給は受け取るようにしている。

5chは見るのも嫌になっている。まったりも死んだ。

・逆転オセロニア

まだ冒頭をプレイしただけ。

オセロじゃんと考えていたが、思ったよりずっと面白い。

メインクエストは急いでクリアしたいところ。

実はリリース時よりチェックはしていた。

・ログレス

ここ数ヶ月ほぼログインしていない。

なんだかんだで20位以内くらいにはいたこともあったので、

今でも仲間からメッセが飛んでくることがあるがモチベが下がりすぎて無理。

ただソーシャル系は札束で殴るものということを教えてくれたゲーム。

ギルド実装で自分はトドメを刺されたけど当時の仲間は今でも好き。

 

■Steamゲー

Hearts of Iron IV

パラドゲー。Freeciv仲間から勧誘されて。

まだ触り始めたばかり。昔ちょっとだけヴィクトリアやってた。

作り込み素晴らしいし、MODも盛んで面白そう。

これからガンガンやりたい!

・VA-11 HALL-A

ベネズエラ産のサイバーパンクバーテンダーシミュレーションノベルゲーというちょっと理解出来ないシロモノ。

日本語版が出たらプレイするよ(プレイ中の看板に偽りあり)。

 ・Left 4 Dead 2

わーいたーのしー!なゾンビFPS

一人でシコシコやってるよ。

お兄さんのおうちは回線がゴミだからボイチャマルチするとカックカクになるんだ!

それにしても僕はアクションゲームが下手だな。

実況動画はかなり見てると思う。

・PAYDAY 2

強盗しようぜ!

まだマルチ未経験。結構難しい。操作に慣れるところからかな。 

早く光回線引きたい。

 

■その他

・freeciv

その昔、新天地を求めて旅立った村人たちはお互いに覇を唱えようと新大陸で争っていた……(嘘です)。

楽しいが難しい。タクティクス系では特に複雑だねえ。

村人会だが村人以外がいる連中で遊んでいる。皆、気のいいやつらさHAHAHA……

ドミニオン

ご存知カードゲーム。ボイチャしながらマルチ。

ドミニオンのすごいところはプレイが簡単にも関わらず、とても奥が深いところ。

数ヶ月ブランクがあっても一戦すれば大体思い出してそれなりにプレイできるのは、

本当にゲームデザインが優れていると思う。

 

とりあえずはこの辺で。他にも色々やってる(やる予定

コンシューマ機も別に嫌いなわけじゃないので、

今週末は友人宅に押しかけてイカちゃん遊ばせてもらってきます。

【マカロニウェスタン】朝起きて『怒りの荒野』観てえ……【レッスン1 顔面力で殺せ】

朝起きて気晴らしに短編小説でも書こうと思いたち、プロットとキャラクターを創造したところで(女子高生と男子小学生のボーイミーツガール)、パンチが足りないからマカロニウェスタン要素入れようと思考がねじくれた結果、ガンマン十戒を原典で改めて確認するためにTSUTAYAへ行った。

 

※先に言っておきますが僕は『怒りの荒野』もジェンマも大好きです。

▽トニーノ・ヴァレリ『怒りの荒野』

怒りの荒野 HDリマスター スペシャル・エディション Blu-ray

怒りの荒野 HDリマスター スペシャル・エディション Blu-ray

 

1967年のマカロニウェスタン。主演は名優リー・ヴァン・クリーフと軽薄俳優ジュリアーノ・ジェンマ

ご存知の通り、「レッスン1 人にものを頼むな」から始まるガンマン十戒で有名な西部劇だ。しけた町でうんこの汲み取りと掃除を生業とするジェンマ演じるスコット青年が流れの無法者ヴァン・クリーフ演じるタルビーに出会い、憧れていたガンマンになろうと弟子入り志願する物語だ。

マカロニといえばどうしても陰惨な雰囲気が漂いがちである。そして僕も汚い連中が汚いことをして汚くばたばた死んでいく、そんなマカロニの陰惨な雰囲気が好きなのである。ゆがんでるなあ。

しかし、ジュリアーノ・ジェンマが画面で主役を張っている場合はその限りではない。

『怒りの荒野』も冒頭から大八車を引きながら嫌々うんこを汲み取って歩くスコット(死んだ娼婦が残した孤児)が町の連中からひたすらコケにされるシークエンスから始まる。桶の中のうんこ(たぶん泥水だけど)を真上からキッチリ画面に収めていくスタイルもマカロニ以外の何者でもない。なのにマスクは甘いがどうにも長屋の与太郎感が抜けきらないジェンマが演じると、全然締まらないし、悲惨さがまったく伝わって来ないのだ。

弛緩しきった雰囲気の中、町へ無法者タルビーが馬に乗ってやってくる。そこでマカロニお約束の顔面クローズアップ連発。鷹の眼のように鋭い眼光のヴァン・クリーフと「ほげえ、立派なお侍さまでねえか」という顔の与太郎が交互に映される。緊張、弛緩の繰り返しだ。顔面力のギャップだけでよくここまで謎のドキドキ感を誘発できるものだと感心せざるを得ない。

何故かスコットに優しくするタルビー(優しさには裏があるものだ)はサルーンで酒を奢ってやり、オマケにスコットを馬鹿にする男を射殺してくれる。正当防衛で釈放されたタルビーは私刑を避けて町を出るのだが、弟子入りしようとスコットは馬に乗って追いかける。

荒野を疾駆する長屋の与太郎、いくら締まらないといっても限度があるぞ、なんでだ?と思ってよくみると、この男、馬に鞍も鐙も付けていない。布を敷いただけのほぼ裸馬で足をぶらぶらさせながら両津勘吉並みの蟹股でへんらへんらと駆けていくのだ。

いくら貧乏とはいえ、馬もどうせパクったものなのだから馬具も一緒に持ってくりゃいいだろと思う。ここら辺で、このジュリアーノ・ジェンマが持つどこか“抜けてる”感じそのものが作品世界に反映されているのだなと気づく。スコットはただの可哀想な孤児ではない、底抜けの馬鹿なのだ。『怒りの荒野』は平和的なオプティミストの馬鹿が、銃を持つことで豹変する話なのである。

この後、タルビーに弟子入りし、ガンマン十戒を授けられつつ非情な世界に身をひたしていくスコットは、裏切者を脅迫するために町へ戻ってきたタルビーを助けるため、初めて人を殺す。おっかなびっくりぶっ殺したスコットだが殺人童貞を切ったことで豹変し、いかにもチンピラ感あふれる様子で肩をいからせ町を闊歩し、心配する恩人のじいさんをうるせえとはねつける。

その豹変具合がたまらんのよね。ジェンマって軽薄な感じでマカロニ世界に馴染まないよなあ、と思っていたところで腑抜けていた顔に喝が入り、スコットの顔面力がいきなり10倍くらいにアップする。小物っぽさは拭えないものの、長屋の与太郎では断じてない。マカロニらしいこけ脅しの美学とでもいうべきものの極致が、ジェンマの顔面力アップで表現されている。

ネタバレになるので詳しくは割愛するが、物語の最後はスコットが銃を捨て堅気に戻り、ちょっといい話感を醸し出して終わる。

もちろんそれはあくまでもいい話“感”であり、最大の悪党が無傷で放置される辺りに救いがなく、まぎれもなくマカロニである。あと銃を投げ捨てたスコットがかたわの浮浪者とおててつないで去っていくのも理解しがたい。なにか高尚なメッセージを読み取ろうとすれば出来なくもないが、物理的に汚いジジイと手をつなぐ必要はないだろ。比喩を使え比喩を。そういう即物的な表現もまた美味と感じることが出来る人間にはたまらないご馳走、それがマカロニウェスタンなのである。

 

※この映画は劇伴もタランティーノが流用したことで有名だが、僕が聞くとトーンダウンするYMOライディーンに聞こえてなんだか締まらない。いや、すごく好きな曲なのだが陰惨なシーンの後でもこのテーマとマカロニっぽくない青空の荒野を背景にパカラってるのを見るとなんだか真剣に「正義とは……命の価値とは……」とか考えるのが馬鹿らしくなってくるのである。トニーノ・ヴァレリってこの後『ミスター・ノーボディ』とか撮ってるんだよな。やっぱり先天的に陰惨な映画取れない人なんじゃなかろうか。

※一応マカロニなのでお情け程度に恋愛やお色気要素も入っているがたぶんスコットは最後まで童貞のまま。豹変した後、仲良さそうな娼婦のチャンネーとヤッてるとみる人もいるかも知れないが僕はヤッてないと思う。

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こういうところがマニアの駄目なところなんだよな。小ネタ的にオマージュやパロディを使いたがるくせにその興味関心をコントロール出来ないから、創作のための資料確認で目的と手段が入れ替わってしまう。自前の記憶を頼りに書くか、適当にネットで確認して終わらせりゃいいのに現物を端から端まで確認し直さなければ我慢ならない。今回もイタリア語と英語と吹き替えとどれでチェックするか迷いまくってしばらく観ては冒頭から見直すということを繰り返した末、マカロニって撮影時は言語バラバラで、配給の時に各国で吹き替えてるのが多かったんだっけと思い出し、結局吹き替えで観た。

明日こそは机から本の山をどうにか移動して作業するぞ!(今日はネット回線の契約関係とか忙しかったんだよ……)

【iPad mini2】バラして修理してみる【途中】

※本ページを参考にiPadを分解し、破損したとしても当方は責任を負いかねます。

■林檎の修理費高くね?

今回バラしたのは2014年10月に購入して以来、ガシガシ使い倒したモノ。

若干はっきりしないのだが、今日でちょうど使用三年目っぽい。

電源につなぎっぱなしで使うことが多かったせいか、今年の春ごろにはぶたさん状態になってしまっていた。

バッテリが膨らみすぎ&熱のせいで接着が剥がれ、ディスプレイが浮き上がってきてしまった。

直したいなーとは思っていたものの、保証切れなのでメーカーに出すと8800円掛かる。

 

■とりあえず怪しいパーツ屋に持っていく

別件で行ったついでに聞いてみたら、店主のオヤジがちょうどiPadを修理している最中だった。適当にバラしてあるのを見せてもらって内部構造をふんわりと把握。

ディスプレイを固定しているのはただの両面テープのみなので、ドライヤーであっためて後は薄いヘラなんかを突っ込めば剥がせる。

でもオヤジ曰く、最初にヘラを突っ込む隙間を作るのが大変らしい。ガリガリやって今弄ってる修理品は液晶傷つけちまった上にコネクタに問題があって直せなさそうとのこと。面倒くさくてやりたくないから自分で修理すれば?と言われる(笑)

バッテリなら適当にネットで買えるし、深セン辺り(中国の電気街)から予備もまとめて輸入すればいいよと無責任に投げられた。それもそうかと納得する。

幸いなことに自分のiPadは勝手に隙間が出来ているので、あとは剥がすだけだ。

 

■iPad mini2の内部構造とバッテリ交換方法

iPadの構造を簡単に説明すると、

上から

・液晶ガラス

・液晶パネル

・金属製の中敷き(ネジ留めされている)

・左側三分の二ほどのスペースを占める縦長のバッテリ(二つを接続したような形になっている)

・右側の余ったスペースにCPUと記憶装置、それにバッテリをつなげるためのコネクタ

・アルミ製の外装

となっている。

この手の製品にしては珍しく、分解に特殊なドライバや工具は必要なかった。

というかあまりにもパーツ数が少ないのでびっくりした。

強いて言うなら最初に両面テープで接着されている液晶ガラスとパネルを剥がすのが一番難しいだろう。自分は構造の把握が甘かったのと、適当に定規を突っ込んだせいで液晶に傷がついてしまった。

これから分解しようとする方向けの注意として、ヘラを突っ込むのはフチの部分だけに留めること。液晶ガラスと液晶パネルはそれぞれ順番に慎重に剥がすこと。それらに気を付ければ液晶を傷つけずに剥がすのもさほど難しくないだろう。

上層の2パーツは本当にテープでくっつけてあるだけなので「かたいけど実はネジ留めしてあって力込めたらバキッとかならないよな……」と不安になる必要はない。ある程度弾力があるとはいえ一気に引っぺがすと絶対割れるので、フチの粘着テープをヘラでなぞるように剥がしてから全体を取り外そう。

繰り返すがネジ留めされているのは液晶パネルの下にある金属の中敷きだけである。

バッテリは外装に直接接着されているので力任せにバリバリと剥がす。どうせ捨てるものなので折れようが曲がろうが関係ない。外装は丈夫なので力を入れても特に問題はなかった。

バッテリの端っこから伸びているコネクタはちょっと引っ張ると簡単に抜ける。ただし、コネクタの接続部にはネジ留めされた蓋がついており、まずはそれを外さなければならない。というかその蓋で上から抜けないように押さえつけている感じだ。バッテリを抜いた後は元に戻しておこう。

どうせ壊れかけだし内部構造を見て遊ぼうという気分でバラしたので、実は新しいバッテリを購入していないのだが、入手出来た場合、両面テープで内部に張り付けてコネクタを繋げればいいだけ。

 

バッテリを購入したら取り付けと組み立ての記事もあげるつもりです。